先日、司会の任に当たっていました。
私は、このブログの一番初めにも書いたように、司会に当たっていても、忘れることがしばしばです。
ちょっと言い訳を書かせてもらいます。
翌週司会、という日曜は
「今日中に歌やらなんやら決めてしまおう」と思っているが、日頃たまってる家事をやったり買い物に行ったりしているうちに「しゃーない、また明日…」なんて思ってしまう。
月曜火曜も司会であることを忘れてはいないが、職場で起きるさまざまなことで頭がいっぱいになって、そう、たいがい水曜日にはもう司会は忘れてしまっているのです。
まあ、祈っていないこと、ばればれですね。
これも言い訳なんですが、月曜火曜に起こってくる出来事を祈っていたら、司会のための祈りがふっとんじゃうんですよね。
さて、先週の日曜は「来週は司会」ということで、聖歌やら賛美やら礼拝後に全部決めて、先生に渡して起きました。
さあ、そのメモをなくした、とメールが来たのが金曜日でした。
当然私は仕事でしたから、そのメールを見たのはもう夜になってました。
「金曜夜までに全部決めないといけないので、こっちで決めます」とのことでした。私は「よろしくお願いします」と即、返答。
内心はむなしかったです。
こんなふうに、日曜に書いて渡したメモをなくされたのは、これが初めてではありません。2回目です。
私が悲しいのは、私は職場でも教会でも、上の立場の人には文句が言えないことです。どこにいても、自分は耐える側なのが辛い。
まあ、恨む気はありません。
だって、私も司会をよく忘れて迷惑をかけているので、おあいこです。
だからそもそも私に司会など頼まないほうがいいのです。
とうことで。
紫色の美しい花
仔羊おばさん